い顏をして、霎時《しばし》、昵と校長の揉手をしてゐるその手を見てゐた。そして言つた。
『それでは、直接郡役所へ送つてやつても宜《よ》うございますか?』
『これはしたり!』
『先生。』『先生。』と、秋野と東川が同時に言つた。そして東川は續けた。
『然うは言ふもんでアない。今日は俺の顏を立てゝ呉れても可いでアねえすか?』
『ですけれど……それア安藤先生の方で、お考へ次第進達するのを延さうと延すまいと、それは私には奈何も出來ない事ですけれど、私の方では前々から決めてゐた事でもあり、且つ、何が何でも一旦出したのは、取るのは厭ですよ。それも私一人の爲めに村教育が奈何の恁うのと言ふのではなし、却つてお邪魔をしてゐる樣な譯ですからね。』と言つて、些と校長に横眼を與《く》れた。
『マ、マ、然うは言ふもんでア無《ね》えでばサ。前々から決めておいた事は決めて置いた事として、茲はまア村の頼みを肯いて呉れても可いでアねえすか? それも唯、一週間か其處いら待つて貰ふだけの話だもの。』
『兎に角お返ししあんす。』と言つて、安藤は手持無沙汰に自分の卓に歸つた。
『安藤先生。』と、東川は又喰つて掛る樣に呼んだ。『先生
前へ
次へ
全40ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング