智の天に謝する衷心の祈祷は、実に此の外に無いのであらう。
電光の如く湧いて自分の両眼に立ち塞がつた光景は、宛然《さながら》幾千万片の黄金の葉が、さ[#「さ」に傍点]といふ音もなく一時に散り果てたかの様に、一瞬にして消えた。が此一瞬は、自分にとつて極めて大切なる一瞬であつた。自分は此一瞬に、目前に起つて居る出来事の一切《すべて》を、よく/\解釈することが出来た。
疾風の如く棺に取縋つたお夏が、蹴られて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]と倒れた時、懐の赤児が『ギヤツ』と許り烈しい悲鳴を上げた。そして此悲鳴が唯一声であつた。自分は飛び上る程|喫驚《きつきやう》した。ああ、あの赤児は、つぶされて死んだのではあるまいか。…………[#地付き](以下続出)
[#地から1字上げ]〔「明星」明治三十九年十二月号〕
底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日初版第1刷発行
1993(平成5年)年5月20日初版第7刷発行
底本の親本:「明星 十二号」
1906(明治39)年12月発行
初出:「明星 十二号」
1906(明治39)年12月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:川山隆
2008年10月18日作成
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