十余の老体であつたので、半年許り経つて遂々獄裡で病死した。此『悲惨』の結晶した遺骸を引取つたのは、今加賀野新小路に居る伯父である。葬式の日、矢張今日のそれと同じく唯六人であつた会葬者の、三人は乃《すなは》ち新山堂の伯母さんとお苑さんと自分とであつた。自分は其時|稚心《をさなごころ》にも猶この葬式が普通でない事、見すぼらしい事を知つて、行く路々ひそかに肩身の狭くなるを感じたのであつた。されば今、かの六人の遽々然《きよろきよろ》たる歩振《あゆみぶり》を見て、よく其心をも忖度《そんたく》する事が出来たのである。
これも亦一瞬。
列の先頭と併行して、桜の※[#「木+越」、第3水準1−86−11]《なみき》の下《もと》を来る一団の少年があつた。彼等は逸早《いちはや》くも、自分と共に立つて居る『警告者』の一団を見付けて、駈け出して来た。両団の間に交換された会話は次の如くである。『何家《どこ》のがんこ[#「がんこ」に傍点]だ!』『狂人《ばか》のよ、繁のよ。』『アノ高沼の繁《しげる》狂人《ばか》のが?』『ウム然《さう》よ、高沼の狂人のよ。』『ホー。』『今朝の新聞にも書かさつて居《え》だずでヤ、繁ア死んで好《え》エごとしたつて。』『ホー。』
高沼繁! 狂人《ばか》繁! 自分は直ぐ此名が決して初対面の名でないと覚つた。何でも、自分の記憶の底に沈んで居る石塊《いしころ》の一つの名も、たしか『高沼繁』で、そして此名が、たしか或る狂人《きやうじん》の名であつた様だ。――自分が恁う感じた百分の一秒時、忽ち又一事件の起るあつて、少からず自分を驚かせた。
今迄自分の立つて居る石橋に土下座して、懐中《ふところ》の赤児《あかご》に乳を飲ませて居た筈の女乞食が、此時|卒《には》かに立ち上つた。立ち上るや否や、茨《おどろ》の髪をふり乱して、帯もしどけなく、片手に懐中《ふところ》の児を抱き、片手を高くさし上げ、裸足《はだし》になつて駆け出した、駆け出したと見るや否や、疾風の勢を以て、かの声無く静かに練つて来る葬列に近づいた。近づいたナと思ふと、骨の髄までキリ/\と沁む様な、或る聴取り難き言葉、否、叫声が、嚇《かつ》と許り自分の鼓膜を突いた。呀《あ》ツと思はず声を出した時、かの声無き葬列は礑《はた》と進行を止めて居た、そして、棺を担いだ二人の前の方の男は左の足を中有《ちう》に浮《うか》して居た。其|爪
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