、『うれしや水鳴るは瀧の水日は照るとも絶えず、……フム面白いな。』などと唸つてるところへ、腐れた汁がポタリ/\と、襟首に落ちようと云ふもんだ。願くは、今自分の見て居る間《うち》に、早く何處かの内儀《おかみ》さんが來て、全體《みんな》では餘計だらうが、アノ一番長い足一本だけでも買つて行つて呉れゝば可《いゝ》に、と思つた。此家《ここ》の隣屋敷の、時は五月の初め、朝な/\學堂へ通ふ自分に、目も覺むる淺緑の此上《こよ》なく嬉しかつた枳殼垣《からたちがき》も、いづれ主人《あるじ》は風流を解《げ》せぬ醜男か、さらずば道行く人に見せられぬ何等かの祕密を此屋敷に藏《かく》して置く底《てい》の男であらう、今は見上げる許り高い黒塗の板塀になつて居る。それから少許《すこし》行くと、大澤河原から稻田を横ぎつて一文字に、幅廣い新道が出來て居て、これに隣り合つた見すぼらしい小路《こうぢ》――自分の極く親しくした藻外という友の下宿の前へ出る道は、今廢道同樣の運命になつて、花崗石《みかげいし》の截石《きりいし》や材木が處狹きまで積まれて、その石や木の間から、尺もある雜草が離々《りゝ》として生ひ亂れて居る。自分は之を見
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