事ありげな――
春の夕暮の町を圧する
重く淀んだ空気の不安。
仕事の手につかぬ一日が暮れて、
何に疲れたとも知れぬ疲《つかれ》がある。
遠い国には沢山《たくさん》の人が死に……
また政庁に推寄《おしよ》せる女壮士《をんなさうし》のさけび声……
海には信天翁《あはうどり》の疫病
あ、大工《だいく》の家では洋燈《らんぷ》が落ち、
大工の妻が跳《と》び上る。
柳の葉
電車の窓から入って来て、
膝《ひざ》にとまった柳の葉――
此処《ここ》にも凋落《てうらく》がある。
然《しか》り。この女も
定まった路を歩いて来たのだ――
旅鞄《たびかばん》を膝に載せて、
やつれた、悲しげな、しかし艶《なまめ》かしい、
居睡《ゐねむり》を初める隣の女。
お前はこれから何処《どこ》へ行く?
拳
おのれより富める友に愍《あはれ》まれて、
或《あるひ》はおのれより強い友に嘲《あざけ》られて
くゎっと怒《いか》って拳《こぶし》を振上げた時、
怒《いか》らない心が、
罪人のやうにおとなしく、
その怒《いか》った心の片隅《かたすみ》に
目をパチ/\して蹲《うづくま》ってゐるのを見付けた――
たよりなさ。
あゝ、そのたよりなさ。
やり場にこまる拳をもて、
お前は
誰《たれ》を打つか。
友をか、おのれをか、
それとも又罪のない傍《かたは》らの柱をか
底本:「日本の文学15」中央公論社
1967(昭和42)年6月5日初版発行
1973(昭和48)年7月30日10版発行
※旧仮名の拗音、促音を小書きする底本本文の扱いを、ルビにも適用しました。
入力:蒋龍
校正:川山隆
2008年5月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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