暮れぬ間にと、町見物に出かける。流石は寒さに名高き旭川だけあつて、雪も深い。馬鉄の線路は、道路面から二尺も低くなつて居る。支庁前にさる家を訪ねて留守に逢ひ、北海旭新聞社に立寄つた。旭川は札幌の小さいのだと能《よ》く人は云ふ。成程街の様子が甚だよく札幌に似て居て、曲つた道は一本もなく、数知れぬ電柱が一直線に立ち並んで、後先の見えぬ様など、見るからに気持がよい。さる四辻で、一人の巡査が恰《あたか》も立坊の如く立つて居た。其|周匝《まはり》を一疋の小犬がグル/\と廻つて頻りに巡査の顔を見て居るのを、何だか面白いと思つた。知らぬ土地へ来て道を聞くには、女、殊に年若い女に訊くに限るといふ事を感じて宿に帰る。
 湯に這入つた。薄暗くて立ち罩《こ》めた湯気の濛々《もうもう》たる中で、「旭川は数年にして屹度札幌を凌駕《りようが》する様になるよ」と気焔を吐いて居る男がある。「戸数は幾何あるですか」と訊くと、「左様六千余に上つてるでせう」と其人が答へた。甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》人であつたかは、見る事が出来ずに了つた。
 夜に入つて東泉先生も札幌から来られた。広い十畳間に黄銅の火鉢が大きい。旭川はアイヌ語でチウベツ(忠別)と云ふさうな、チウは日の出、ベツは川、日の出る方から来る川と云ふ意味なさうで、旭川はその意訳だと先生が話された。
 催眠術の話が出た為めか、先生は既に眠つてしまつた。明朝は六時半に釧路行に乗る筈だから、自分もそろ/\枕につかねばならぬ。(九時半宮越屋楼上にて)



底本:「日本随筆紀行第一巻 北海道 太古の原野に夢見て」作品社
   1986(昭和61)年6月10日第1刷発行
底本の親本:「石川啄木全集 第八巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年1月
入力:mayu
校正:富田倫生
2001年8月9日公開
2005年11月22日修正
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