冠つた屋根の規則正しく幾列も、並んで居るのは、名にし聞ゆる空知の屯田兵村であらう。江部乙《えべおつ》駅を過ぎて間もなく、汽車は鉄橋にかゝつた。川もないのに鉄橋とは可笑《をかし》いと思つて、窓をあけると、傍人は「石狩川です」と教へて呉れた。如何様《いかさま》川には相違ないが、岸から岸まで氷が張詰めて居て、其上に何尺といふ雪が積つてあるのだから、一寸見ては川とも何とも見えぬ。小学校に居る頃から石狩川は日本一の大河であると思つて居た。日本一の大河が雪に埋れて見えぬと聞いたなら、東京辺の人などは何といふであらう。
此辺は、北海道第一の豊産地たる石狩平野の中でも、一番地味の饒《ゆた》かな所だと、傍人はまた教へて呉れた。
雑誌など読み耽つてゐるうちに汽車は何時しか山路にかゝつた。雪より雪に続いて、際限がないと思つて居た石狩の大原野も、何時の間にか尽きて了つたと見える。軈《やが》て着いた停車場は神威古潭《かむゐこたん》駅と云ふ、音に高き奇勝は之かと思つて窓を明けた。「温泉へ五町、砂金採取所へ八町」と札が目についた。左の方、崖下を流るゝ石狩川の上流は雪に隠れて居る。崖によつて建てられた四阿《あづまや》らしいのゝ、積れる雪の重みにおしつぶされたのがあつた。「夏は好いですが喃」と軍人は此時初めて自分に声を掛けた。
汽車は川に添ふて上る。川の彼岸《むかう》は山、山の麓を流に臨んで、電柱が並んで居る。所々に橋も見える。人道が通つてるのだらうが、往来《ゆきき》の旅人の笠一つ見えぬ。鳥の声もせねば、風の吹く様子もない。汽車は何処までも何処までもと川に添うて、喘ぎ/\無人の境を走る。
川が瀬になつて水の激して居る所は、流石に氷りかねて居て、海水よりも碧い水が所々真白の花を咲かせて居る。木といふ木は皆其幹の片端に雪を着けて居る。――死の林とは、之ではあるまいかと思つた。幾千万本と数知れぬ樹が、皆|白銀《しろがね》の鎧を着て動きツこもなく立往生して居る。
川が右の方へ離れて行くと、眼界が少しづつ広くなつて来た。何処まで行つても、北海の冬は雪また雪、痩せた木が所々に林をなして居て、雪に埋れて壁も戸も見えぬ家が散らばつて居る。日は西の空から、雲間を赤く染めて、はかない冬の夕の光を投げかける。
旭川に下車して、停車場前の宮越屋旅店に投じた。帳場の上の時計は、午後三時十五分を示して居た。
日の
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