沈んで、黝黒《どすぐろ》い水に毒茸の樣な濁つた泡が、ブク/\浮んで流れた。
駐在所の髯面の巡査、隣村から應援に來た今一人の背のヒョロ高い巡査、三里許りの停車場所在地に開業してゐる古洋服の醫師、赤焦《あかちや》けた黒繻子の袋袴を穿《は》いた役場の助役、消毒具を携へた二人の使丁《こづかひ》、この人數は、今日も亦家毎に強行診斷を行《や》つて歩いた。空は、仰げば目も眩む程無際限に澄み切つて、塵一片飛ばぬ日和であるが、稀に室外を歩いてるものは、何れも何れも申合せた樣に、心配氣な、浮ばない顏色をして、跫音を偸んでる樣だ。其家《そこ》にも、此家《ここ》にも、怖し氣な面構をした農夫や、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹《あをぶく》れた女などが門口に出で、落着の無い不恰好な腰附をして、往還の上下を眺めてゐるが、一人として長く立つてるものは無い。子供等さへ高い聲も立てない。時偶《ときたま》胸に錐でも刺された樣な赤兒の悲鳴でも聞えると、隣近所では妙に顏を顰める。素知らぬ態《ふり》をしてるのは、干からびた鹽鱒《しほびき》の頭を引擦つて行く地種の痩犬、百年も千年も眠つてゐた樣な張合のない顏をして
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