の無い、気病《きやみ》の後の様な弛《たる》んだ顔に眩《まぶし》い午後の日を受けて、物珍らし相にこの村を瞰下《みおろ》してゐると、不図、生村《うまれむら》の父親《おやぢ》の建てた会堂の丘から、その村を見渡した時の心地が胸に浮んだ。
 取留のない空想が一図に湧いた。愚さの故でもあらう、汗ばんだ、生き甲斐のない顔色《かほ》が少許色ばんで、鈍い眼も輝いて来た。渠《かれ》は、自己《おのれ》一人の力でこの村を教化し尽した勝利の暁の今迄遂ぞ夢にだに見なかつた大いなる歓喜《よろこび》を心に描き出した。
「会堂が那処《あそこ》に建つ!」と、屹《きつ》と西山の嶺《いただき》に瞳を据ゑる。
「然うだ、那処に建つ!」恁《か》う思つただけで、松太郎の目には、その、純白《まつしろ》な、絵に見る城の様な、数知れぬ窓のある、巍然《ぎぜん》たる大殿堂が鮮かに浮んで来た。その高い、高い天蓋《やね》の尖端《とんがり》、それに、朝日が最初の光を投げ、夕日が最後の光を懸ける……。
 渠は又、近所の誰彼、見知越《みしりごし》の少年共を、自分が生村の会堂で育てられた如く、育てて、教へて……と考へて来て、周囲《あたり》に人無きを幸ひ
前へ 次へ
全39ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング