なつた。隣村に停車場が出来てから通行《とほり》が絶えて、電信柱さへ何日しか取除《とりのぞ》かれたので。
その時代《ころ》は又、村に相応な旅籠屋《はたごや》も三四軒あり、俥も十輛近くあつた。荷馬車と駄馬は家毎の様に置かれ、畑仕事は女の内職の様に閑却されて、旅人|対手《あひて》の渡世だけに収入《みいり》も多く人気も立つてゐた。夏になれば氷屋の店も張られた。――それもこれも今は纔《わづ》かに、老人達《としよりたち》の追憶談《むかしばなし》に残つて、村は年毎に、宛然《さながら》藁火の消えてゆく様に衰へた。生業《なりはひ》は奪はれ、税金は高くなり、諸式は騰《あが》り、増えるのは小供許り。唯《たつた》一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、轅《かじ》の折れた其俥は、遂この頃まで其家《そこ》の裏井戸の側《わき》で見懸けられたものだ。旅籠屋であつた大きい二階建の、その二階の格子が、折れたり歪んだり、昼でも鼠が其処に遊んでゐる。今では三国屋といふ木賃が唯一軒。
松太郎は、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事は知らぬ。血の気の薄い、張合
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