硝子窓
石川啄木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)滓《かす》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
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『何か面白い事は無いかねえ。』といふ言葉は不吉な言葉だ。此二三年來、文學の事にたづさはつてゐる若い人達から、私は何囘この不吉な言葉を聞かされたか知れない。無論自分でも言つた。――或時は、人の顏さへ見れば、さう言はずにゐられない樣な氣がする事もあつた。
『何か面白い事は無いかねえ。』
『無いねえ。』
『無いねえ。』
 さう言つて了つて口を噤むと、何がなしに焦々した不愉快な氣持が滓《かす》の樣に殘る。恰度何か拙い物を食つた後の樣だ。そして其の後では、もう如何な話も何時もの樣に興を引かない。好きな煙草さへ甘いとも思はずに吸つてゐる事が多い。
 時として散歩にでも出かける事がある。然し、心は何處かへ行きたくつても、何處といふ行くべき的が無い。世界の何處かには何か非常な事がありそうで、そしてそれと自
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