にしては、末の手頼《たより》にしてゐる娘を下宿屋の娘らしくは育てたくなかつたのであらう。素人屋によくある例で、我々も食事の時は一同茶の間に出て食卓を圍んで食ふことになつてゐたが、内儀はその時も成るべく娘には用をさせなかつた。
或朝、私が何か搜す物があつて鞄の中を調べてゐると、まだ使はない繪葉書が一枚出た。青草の中に罌粟《けし》らしい花が澤山咲き亂れてゐる、油繪まがひの繪であつた。不圖、其處へ妹娘の民子が入つて來て、
『マア、綺麗な…………』
と言つて覗き込む。
『上げませうか?』
『可《よ》くつて?』
手にとつて嬉しさうにして見てゐたが、
『これ、何の花?』
『罌粟《けし》。』
『恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》花、いつか姉ちやんも畫《か》いた事あつてよ。』
すると、其日の晝飯の時だ。私は例の如く茶の間に行つて同宿の人と一緒に飯を食つてゐると、風邪の氣味だといつて學校を休んで、咽喉に眞綿を捲いてゐる民子が窓側で幅の廣い橄欖《オリーブ》色の飾紐《リボン》を弄つてゐる。それを見付けた母親は、
『民イちやん、貴女何ですそれ、また姉さん
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