は人家の屋根が見える。名も知らぬ灌木《くわんぼく》の叢生した箇處《ところ》がある。沼地がある――其處には蘆荻の風に騷ぐ状《さま》が見られた。不圖、二町とは離れぬ小溝の縁の畔路を、赤毛の犬を伴れた男が行く。犬が不意に驅け出した。男は膝まづいた。その前に白い煙がパッと立つた――獵犬だ。蘆荻の中から鴫らしい鳥が二羽、横さまに飛んで行くのが見えた。其向ふには、灌木《くわんぼく》の林の前に茫然と立つて汽車を眺めてゐる農夫があつた。
恁くして北海道の奧深く入つて行くのだ。恁くして、或者は自然と、或者は人間同志で、内地の人の知らぬ劇しい戰ひを戰つてゐる北海道の生活の、だん/\底へと入つて行くのだ――といふ感じが、その時私の心に湧いた。――その時はまだ私の心も單純であつた。既にその劇しい戰ひの中へ割込み、底から底と潜り拔けて、遂々敗けて歸つて來た私の今の心に較べると、實際その時の私は單純であつた。――
小雨が音なく降り出した來た。氣が付くと、同車の人々は手廻りの物などを片付けてゐる。小娘に帶を締直して遣つてゐる母親もあつた。既う札幌に着くのかと思つて、時計を見ると一時を五分過ぎてゐた。窓から顏を出
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