》の人《ひと》――これ、此方の人、此方の人ッたら、ホホヽヽヽヽ。』
 それは鋭い女の聲であつた。私は足を緩めた。
『狂人の多くなつた丈、我々の文明が進んだのだ。ハハヽヽ。』と後藤君は言出した。『君はまだ那※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]聲を聞かうとするだけ若い。僕なんかは其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]暇はない。聞えても成るべく聞かぬ樣にしてる。他の事よりア此方の事だもの。』
 然うしてズシリ/\と下駄を引擦り乍ら先に立つて歩く。
『實際だ。』と私も言つたが、狂人の聲が妙に心を動かした。普通の人間と狂人との距離が其時ズッと接近して來てる樣な氣がした。『後藤君も苦しいんだ!』其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]事を考へ乍ら、私は足元に眼を落して默つて歩いた。
『ところで君、徐々《そろ/\》話を始めようぢやないか?』と後藤君は言出した。
『初めよう。僕は先刻から待つてる。』と言つたが、その實、私は既う大した話でも無い樣に思つてゐた。
『實はね、マア好い方の話なんだが、然し
前へ 次へ
全24ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング