つてるから。』
と言つて出て行つた。直ぐ戻つて來て私を玄關に呼出すから、何かと思ふと、
『君、祕密な話だから、一人で來てくれ給へ。』
『好し、一體何だね? 何か事件が起つたのかね?』
『君、聲が高いよ。大に起つた事があるさ。吾黨の大事だ。』と、黄色い齒を出しかけたが、直ぐムニャ/\と口を動かして、『兎に角來給へ。成るべく僕の處へ來るのを誰にも知らせない方が好いな。』
 そして右の肩を揚げ、薄い下駄を引擦る樣にして出て行つて了つた。「よく祕密にしたがる男だ!」と私は思つた。
 私はその晩の事が忘られない。
 夕飯が濟むと、立見君と目形君は、教會に行くと言つて、私にも同行を勸めた。私は社長の宅へ行く用があると言つて斷つた。そして約束の時間に後藤君の下宿へ行つた。
 座にはS――新聞の二面記者だといふ男がゐた。後藤君は私を其男に紹介した。私は、その男が所謂「祕密の相談」に關係があるのか、無いのか、一寸判斷に困つた。片目の小さい、始終唇を甜め廻す癖のある、鼻の先に新聞記者がブラ下つてる樣な擧動《やうす》や物言ひをする、可厭《いや》な男であつた。
 少し經つと、後藤君は私に、
『君は既う先に行つ
前へ 次へ
全24ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング