たのかと思つてゐた。よく誘つて呉れたね。』
これで了解《のみこ》めたから、私も可《いい》加減にバツを合せた。そして、
『まだ七時頃だらうね?』
『奈何《どう》して、奈何して、既う君八時ぢやないか知ら。』
『待ち給へ。』とS――新聞の記者が言つて、帶の間の時計を出して見た。『七時四十分。何處かへ行くのかね?』
『あゝ、七時半までの約束だつたが――』
『然うか。それでは僕の長居が邪魔な譯だね。近頃は方々で邪魔にしやがる。處で行先は何處だ?』
『ハハヽヽ。然う一々|他《ひと》の行先に干渉しなくても可いぢやないか。』
『祕《かく》すな! 何有《なあに》、解つてるよ、確乎《ちやん》と解つてるよ。高が君等の行動が解らん樣では、これで君、札幌は狹くつても新聞記者の招牌《かんばん》は出されないからね。』
『凄じいね。ところで今夜はマアそれにして置くから、お慈悲を以て、これで御免を蒙らして頂かうぢやないか?』
『好し、好し、今歸つてやるよ。僕だつて然う沒分曉漢《わからずや》ではないからね、先刻御承知の通り。處でと――』と、腕組をして凝乎《ぢつ》と考へ込む態をする。
『何を考へるのだ、大先生?』
『マ、マ、一寸待つてくれ。』
『金なら持つてないぜ。』
『畜生奴! ハハヽヽ、先《せん》を越しやがつた。何有、好し、好し、まだ二三軒心當りがある。』
『それは結構だ。』
『冷評《ひやか》すない。これでも△△さんでなくては夜も日も明けないツて人が待つてるんだからね。然うだ、金崎の處へ行つて三兩許り踏手繰《ふんだくつ》てやるか。――奈何《どう》だい、出懸けるなら一緒に出懸けないか?』
『何有《なあに》、惡い處へは行かないから、安心して先に出て呉れ給へ。』
『莫迦に僕を邪魔にする! が、マア免《ゆる》して置け。その代り儲かつたら、割前を寄越さんと承知せんぞ。左樣なら。』
そして室を出しなに後を向いて、
『君等ア薄野《すゝきの》(遊廓)に行くんぢやないのか?』と狐疑《うたぐり》深い目付をした。
その男を送出して室に歸ると、後藤君は落膽《がつかり》した樣な顏をして眉間に深い皺を寄せてゐた。
『遂々《とう/\》追出してやつた、ハハヽヽ。』と笑ひ乍ら座つたが、張合の拔けた樣な笑聲であつた。そして、
『あれで君、彼奴はS――社中では敏腕家なんだ。』
『可厭《いや》な奴だねえ。』
『君は案外人嫌ひをする樣
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