くなる位なもの。顔色が顔色だから、少し位の酒気は見えないといふ得もあつた。徹夜《よどほし》三人で一斗五升飲んだといふ翌朝《あくるあさ》でも、物言ひが些《ち》と舌蕩《したたる》く聞える許りで、挙動《ものごし》から歩き振りから、確然《しつかり》としてゐた。一体私は、此叔父の蹣跚《よろよろ》した千鳥足と、少しでも慌てた態《さま》を見た事がなかつた。も一つ、幾何《いくら》酔つた時でも、唄を歌ふのを聞いた事がない。叔父は声が悪かつた。
それが、怎して村一番の乱暴者《あばれもの》かといふに、根が軽口の滑稽《しやれ》に快く飲む方だつたけれど、誰かしら酔ひに乗じて小生意気な事でも言出すと、座が曝《しら》けるのを怒るのか、
『馬鹿野郎! 行けい。』
と、突然《いきなり》林の中で野獣でも吼える様に怒鳴りつける。対手がそれで平伏《へこたま》れば可いが、さもなければ、盃を擲《な》げて、唐突《いきなり》両腕を攫んで戸外《そと》へ引摺り出す。踏む、蹴る、下駄で敲く、泥溝《どぶ》へ突仆《つきのめ》す。制《と》める人が無ければ、殺しかねまじき勢ひだ。滅多に負ける事がない。
それは、三日に一度必ずある。大抵夜の事だ
前へ
次へ
全24ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング