り有難くない御風體である。針の樣に鋭どく釣上つた眼尻から、チョと自分を睨《にら》んで、校長の直ぐ傍に突立つた。若しも、地獄の底で、白髮茨の如き痩せさらぼひたる斃死の状《さま》の人が、吾兒の骨を諸手《もろて》に握つて、キリ/\/\と噛む音を、現實の世界で目に見る或形にしたら、恐らくそれは此女の自分を一睨した時の目付それであらう。此目付で朝な夕な胸を刺されたる校長閣下の心事も亦、考へれば諒とすべき點のないでもない。
 生ける女神《めがみ》――貧乏の?――は、石像の如く無言で突立つた。やがて電光の如き變化が此室内に起つた。校長は今迄忘れて居た嚴格の態度を再び裝はんとするものの如く、其顏面筋肉の二三ヶ所に、或る運動を與へた。援軍の到來と共に、勇氣を回復したのか、恐怖を感じたのか、それは解らぬが、兎に角或る激しき衝動を心に受けたのであらう。古山も面を上げた。然し、もうダメである。攻勢守勢既に其地を代へた後であるのだもの。自分は敵勢の加はれるに却つて一層勝誇つた樣な感じがした。女教師は、女神を一目見るや否や、譬へ難き不快の霧に清い胸を閉されたと見えて、忽ちに俯いた。見れば、恥辱を感じたのか、氣の毒
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