卓子に相割據して居た。――卓子は互に密接して居るものの、此時の状態は確かに一の割據時代を現出して居たので。――二三十分も續いた『パペ、サタン、アレッペ』といふ苦しげなる聲は、三四分前に至つて、足音に驚いて卒《には》かに啼き止む小田の蛙の歌の如く、礑と許り止んだ。と同時に、(老いたる尊とき導師は震《わな》なくダンテの手をひいて、更に他の修羅圈内に進んだのであらう。)新らしき一陣の殺氣|颯《さつ》と面《おもて》を打つて、別箇の光景をこの室内に描き出したのである。
詳しく説明すれば、實に詰らぬ話であるが、問題は斯うである。二三日以前、自分は不圖した轉機《はずみ》から思附いて、このS――村小學校の生徒をして日常朗唱せしむべき、云はゞ校歌といつた樣な性質の一歌詞を作り、そして作曲した。作曲して見たのが此時、自分が呱々の聲をあげて以來二十一年、實際初めてゞあるに關らず、恥かし乍ら自白すると、出來上つたのを聲の透る我が妻に歌はせて聞いた時の感じでは、少々巧い、と思はれた。今でもさう思つて居るが……。妻からも賞められた。その夜遊びに來た二三の生徒に、自分でヰオリンを彈き乍ら教へたら、矢張賞めてくれた
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