といふ事である。少なくとも三十分、或時の如きは一時間と二十三分も遲れて居ましたと、土曜日毎に該《がい》停車場から程遠くもあらぬ郷里へ歸省する女教師が云つた。これは、校長閣下自身の辯明によると、何分此校の生徒の大多數が農家の子弟《してい》であるので、時間の正確を守らうとすれば、勢い始業時間迄に生徒の集りかねる恐れがあるから、といふ事であるが、實際は、勤勉なる此邊《このへん》の農家の朝飯は普通の家庭に比して餘程早い。然し同僚の誰《たれ》一人、敢て此時計の怠慢に對して、職務柄にも似合はず何等|匡正《きやうせい》の手段を講ずるものはなかつた。誰しも朝の出勤時間の、遲くなるなら格別、一|分《ぷん》たりとも早くなるのを喜ぶ人は無いと見える。自分は? 自分と雖ども實は、幾年來の習慣で朝寢が第二の天性となって居るので……
 午後の三時、規定《おきまり》の授業は一時間前に悉皆《すつかり》終つた。平日《いつも》ならば自分は今正に高等科の教壇に立つて、課外二時間の授業最中であるべきであるが、この日は校長から、お互月末の調査《しらべ》もあるし、それに今日は妻《さい》が頭痛でヒドク弱つてるから可成《なるべく》早
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