、話してますと、「モウ行け。」と云ふんです。「それでは之でお別れです。」と立ち上りますと、少し待てと云つて、鍋の飯を握つて大きい丸飯《ぐわんぱん》を九つ拵《こしら》へて呉れました。僕は自分でやりますと云つたんですけれど、「そんな事を云ふな、天野朱雲が最後の友情を享けて潔よく行つて呉れ。」と云ひ乍ら、涙を流して僕には背を向けて孜々《せつせ》と握るんです。僕はタマラナク成つて大聲を擧げて泣きました。泣き乍ら手を合せて後姿を拜みましたよ。天野君は確かに豪いです。アノ人の位豪い人は決してありません。……(石本は眼を瞑ぢて涙を流す。自分も熱い涙の溢るるを禁じ得なんだ。女教師の啜り上げるのが聞えた。)それから、また坐つて、「これで愈々お別れだ。石本君、生別又兼死別時《せいべつまたかねしべつのとき》、僕は慇懃に袖を引いて再逢《さいほう》の期を問ひはせん。君も敢てまたその事を云ひ給ふな。ただ別れるのだ。別れて君は郷國《くに》へ歸り、僕は遠い處へ行くまでだ。行先は死、然らずんば戰鬪《たたかひ》。戰つて生きるのだ。死ぬのは……否、死と雖ども新たに生きるの謂《いひ》だ。戰の門出に泣くのは兒女《じぢよ》の事ぢやないか。別れよう。潔《いさぎよ》く元氣よく別れよう。ネ、石本君。」と云ひますから、「僕だつて男です、潔くお別れします。然し何も、生別死別を兼ぬる譯では無いでせう。人生は成程暗い坑道ですけれど、往來皆此路《わうらいみなこのみち》、君と再び逢ふ期がないとは信じられません。逢ひます、屹度再び逢ひます、僕は君の外に頼みに思ふ人もありませんし、屹度再た何處かで逢ひます。」と云ひますと、「人生はさう都合よくは出來て居らんぞ。……然し何も、君が死にに行くといふではなし、また、また、僕だつて未だ死にはせん……決して死にはせんのだから、さうだ、再逢の期が遂に無いとは云はん。ただ、それを頼りに思つて居ると失望する事がないとも限らない。詰らぬ事を頼りにするな。又、人生の雄々しき戰士が、人を頼りにするとは弱い話だ。……僕は此八戸に來てから、君を得て初めて一道の慰藉と幸福を感じて居た。僅か半歳の間、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そう/\》たる貧裡半歳《ひんりはんさい》の間とは云へ、僕が君によつて感じ得た幸福は、長《とこし》なへに我等二人を親友とするであらう。僕が心を決して遠い處へ行かんとする時
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