のを、私は何故か嬉しいやうに見た。そればかりではない。彼の白襯衣《ホワイト・シャツ》の汚れ目も、また周圍《あたり》構はぬ高聲で話しかける地方人の癖をも、私は決して不快に思はなかつた。二人は思出す儘に四、五人の舊友に就いて語つた。そして彼は、長く逢はずに、且つ私の方では思出すこともなく過してゐたに拘らず、よく私の近況を知つてゐた。
『先月でしたか、靜岡の製紙工場を視察にいらしたやうでしたね?』そのやうに彼は言つた。
『ええ。』私は輕く笑つた。彼はT――新聞の讀者だつた。
 家へ歸つて來ると、何の理由もなく私は机の邊を片附けた。そして座蒲團から、縁先に吊した日避けの簾まで、すべて夏の物を藏はせて了つた。嬉しいやうな、新しい氣持があつた。さうして置いて、私は其の夜、新橋で別れて以來初めての手紙を、病友松永の爲に書いた。



底本:「石川啄木作品集 第三巻」昭和出版社
   1970(昭和45)年11月20日発行
※底本の表記に疑問がある箇所は、「現代日本文学全集 第四十五篇」改造社、1928(昭和3)年7月10日発行を参照して正し、その箇所に注記を加えました。
※「廻」と「※[#「廴+囘」
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