るやうな樣子だつたから、僕も大急ぎで外へ出たんだが、出る時それでも二三分は暇を取つたよ。だから辛《やつ》と外へ出て來て探したけれども、遂々《とう/\》行方知れずさ。』
『隨分振つてるなあ! 一體何の積りで、活動寫眞なんか見に行つたんだらう?』
『解らんね、それが。僕は默つて、寫眞よりも高橋君の方ばかり見てゐたんだが、其の内に段々目が暗くなるのに慣れて來てね。面白かつたよ。惡戯小僧の寫眞なんか出ると、先生大口開いて笑ふんぢやないか? 周圍の愚夫愚婦と一緒にね。』
 話してるところへ、玄關に人の訪ねて來たけはひがした。家の者の出て挨拶する聲もした。
『ああ、さうですか。安井君が。』さういふ言葉が明瞭《はつきり》と聞えた。
『高橋だ。』
『高橋だ。』
 安井と私は同時にさう言つて目を見合はした。そして妙に笑つた。
『やあ。』言ひながら高橋は案内よりも先に入つて來た。燈火の加減でか、平生《いつも》より少し脊が低く見えた。そして、見慣れてゐる袴を穿いてゐない所爲《せゐ》か、何となく見すぼらしくも有つた。
『やあ。』私も言つた。『噂をすれば影だ。よくやつて來たね。』
『僕の噂をしてゐたのか?』さう
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