もいふべき鋭い猜疑心を、意外な邊に働かしてゐるやうな癖があつた。私は時々それを不思議に思つてゐた。
 それから間もなくのことであつた。或晩安井が一人私の家へ遊びに來た。
『君は今日休みだつたんか? さうと知らずに僕は社で待つてゐて、つまらん待ぼけを喰つちやつた。』坐るや否や彼はさう言つた。
『何か用か?』
『いゝや。ただ逢ひたかつたんだ。劍持は田舍版の編輯から頼まれて水戸へ行つたしな――我が黨の士が居らんと寂寥たるもんよ。それに何だ、高橋の奴今日も休みやがつたよ。僕は高橋に大いに用が有るんだ。來たら冷評《ひやか》してやらうと思うとつたら、遂々《とう/\》來なかつた。』
『さうか。それぢやもう三日休んだね。――一體何の用が起つたんだらう、用なんか有りさうな柄ぢやないが!』
『用なもんか。社の方には病氣屆を出しとるよ。』
『假病か?』
『でなくつてさ。彼の身體に病氣は不調和ぢやないか?』
『高橋君の假病は初めてだね。――休んだのが初めてかも知れない。』
『感心に休まん男だね。』
『矢つ張り何か用だらう?』
『それがよ。』安井は勢ひ込んで、そして如何にも面白さうに笑つた。『僕は昨日高橋に逢つ
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