知識を得たが、田舍で暮らした老人を東京みたないな處へ連れて來るのは、一寸考へると幸福なやうにも思はれるが、さうぢやないね。寧ろ悲慘だね。知つてる人は無し、風俗が變つてるし、それに第一言葉が違つてる。若い者なら直ぐ直つちまふが、老人はさうは行かない。松永のお母さんなんか、もう來てから足掛四年になるんださうだが、まだ彼の通り藝州辯まる出しだらう? 一寸町へ買物に行くにまで、笑はれまいか、笑はれまいかつておど/\してゐる。交際といふものは無くね。都會の壓迫を一人で脊負つて、毎日、毎日自分等の時代と子供の時代との相違を痛切に意識してるんだね。』
『そんな事も有るだらうね。僕の母なんかさうでも無いやうだが。』
『それは人にもよるさ。――それに何だね、松永君は豫想外に孤獨な人だね。彼《あ》あまでとは思はなかつたが、僕が斯うして毎日のやうに行つてるのに、君達の外には誰も見舞に來やしないよ。氣の毒な位だ。畫の方の友達だつて一人や、二人は有つても可《よ》ささうなもんだが、殆ど無いと言つても可い。境遇が然らしめたのだらうが、好んで交際を絶つてゐたらしい傾きも有るね。彼《あ》の子と彼《あ》の御母さんと――齡
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