に見せる事が出來るか?』
 高橋は疊みかけるやうに、『人はよく、少し親しくなると、心の底を打明けるなんて言ふさ。然しそれを虚心で聞いて見給へ。内緒話《ないしよばなし》か、僻見《ひがみ》か空想に過ぎない。厭なこつた。嬶の不足や、他《はた》で聞いてさへ氣羞かしくなる自惚れを語つたつて何うなる? 社の校正に此の頃妙な男が入つて來たらう? 此の間僕は電車で一緒になつたから、「何うです、君の方の爲事《しごと》は隨分氣が塞《つま》るでせうね?」つて言つたら、「いや、貴方だから打明けて言ひますが、實に下らないもんです。」とか何とか、役者みたいな抑揚をつけて言つたよ。郷里の新聞で三面の主任をしたとか何とか言ふんだ。僕は「左樣なら。」つて途中で下りて了つた。』
 私はそれには答へないで、
『君は社會主義者ぢやないか?』
『何故?』
『劍持が此間さう言つとつた。』
 高橋は昵と私を見つめた。
『社會主義?』
『でなければ無政府主義か。』
 世にも不思議な事を聞くものだと言ひさうな、眼を大きくして呆れてゐる顏を私は見た。其處には少しも疑ひを起させるやうなところは無かつた。
 やがて高橋は、
『劍持が言つた?
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