大きくしたり小さくしたりすることは出來ない。如何に醫術が進んでもこれは出來さうがない。生れつきだよ。』斯う言つて、人並みはづれて小さい、其の癖ぼく/\して皮の厚さうな、指の短い手を出して見せた。
『つまり大きい手や大きい身體は先天的のものだ。露西亞人や、亞米利加人は時としてそれを有つてるね。ビスマアクも有つてゐた。然し我々日本人は有たんよ、我々が後天的にそれを欲しがつたつて、これあ畢竟空想だ。不可能だよ。』
『それで君なら何と言ふ?』私は少し焦り出した。
『僕なら、さうだね。――假に言ふとすると、まあさうだね、兎に角「大きい手」とは言はないね。――冷い鐵の玉を欲しいね、僕なら。――「玉」は拙《まづ》いな。「鐵の如く冷い心」とでも言ふか。』
『同じぢやないか? 大きい手、鐵の如き心、強い心臟……つまり意志ぢやないか?』
『同じぢやないね。大きい手は我々の後天的にもつことが出來ないけれども、鐵の如き冷い心なら有つことが出來る。――修行を積むと有つことが出來る。』
『ふむ、飽くまでも君らしい事を言ふね。』
『君らしい?』反響《こだま》のやうにさう言つて、彼はひたと私の眼を見つめた。其の眼……
前へ 次へ
全77ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング