まだまだ修行が足らんね。僕は時々さう思ふ。』
『修行?』
『僕は今までそれを、つまり僕等の理解が、まだ足らん所爲《せゐ》だと思つてゐた。常に鋭い理解さへ持つてゐれば、現在の此の時代のヂレンマから脱れることが出來ると思つてゐた。然しさうぢやないね。それも大いに有るけれども、そればかりぢやないね。我々には利己的感情が餘りに多量にある。』
『然しそれは何うすることも出來ないぢやないか? 我々の罪ぢやない、時代の病氣だもの。』
『時代の病氣を共有してゐるといふことは、あらゆる意味に於いて我々の誇りとすべき事ぢやないね。僕が今の文學者の「近代人」がるのを嫌ひなのも其處だ。』
『無論さ。――僕の言つたのはさういふ意味ぢやない。何うかしたくつても何うもすることが出來ないといふだけだ。』
『出來ないと君は思ふかね?』
『出來ないぢやないか。我々が此の我々の時代から超逸しない限りは。――時代を超逸するといふのは、樗牛が墓の中へ持つて行つた夢だよ。』
『さうだ。あれは悲しい夢だね。――然し僕は君のやうに全く絶望してはゐないね。』
「絶望」といふ言葉は不思議な響を私の胸に傳へた。絶望! そんな言葉を此の男は
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