》たら勝手に飽くさ。』と私は笑つた。
三
その頃だつた。
或晩高橋が一人私の家へやつて來て、何時になくしめやかな話をした。「劍持は豪いところが有るよ。彼の男は屹度今に發展する。」そんな事も言つた。それが必ずしも態《わざ》とらしく聞こえなかつた。其の晩高橋は何でも人の長所ばかりを見ようと努めてゐるやうだつた。
『僕にもこれで樗牛にかぶれてゐた時代が有つたからねえ。』
何の事ともつかず、高橋はそんな事を言つた。そして眼を細くして、煙草の煙を眺めてゐた。煙はすうつと立つて、緩かに亂れて、机の上の眞白な洋燈の笠に這ひ纒つた。戸外には雨が降つてゐた。雨に籠もつて火事半鐘のやうな音が二、三度聞こえた。然し我々はそれを聞くでもなかつた。
『僕はこれで夢想家《ドリイマア》に見えるところがあるかね?』
高橋はまたそんなことも言つた。そして私の顏を見た。
『見えないね。』私は言下に答へた。『然し見えないだけに、君の見てる夢は餘程しつかりした夢に違ひない。……誰でも何かの夢は見てるもんだよ。』
『さうかね?』
『さう見えるね。』
高橋は幽かに微笑んだ。
稍あつてまた、
『僕等は、
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