た。一人、劍持だけはまだ何か穩《おだや》かでない目附をしてゐた。
『ははゝゝ。』と高橋は、取つて着けたやうに、戯談らしい笑ひ方をした。『然し僕は喋つたねえ。僕はこんなに喋ることは滅多にないぜ。――然し實を言ふと、逢坂は僕も嫌ひだよ。あんな下劣な奴はないからねえ。』
『さうだらう?』安井は得意になつた。
『君も何だね、隨分彼奴を虐待しとるのう?』
逢坂がぶく/\肥つた身體を、足音を偸むやうにして運んで來て、不恰好な鼻に鼻眼鏡を乘せた顏で覗き込むやうにしながら、「君の今朝の記事には大いに敬服しましたよ。M――新聞で書いとるのなんか、ちつとも成つちよらん。先刻彼處の社會部長に會つたから、少し僕等の方の記事を讀んでみて下さいと言つてやつた。」などと言ふと、高橋は、先づしげ/\對手の顏を見て、それから外方《そつぽ》を向いて、「いくらでも勝手に敬服してくれ給へ。」といつたやうな言ひ方をするのが常だつた。
私は横合から口を出して、
『君は一體、人に反對する時に限つて能辯になる癖があるね。――餘つ程|旋毛曲《つむじまが》りだと見える。よく反對したがるからねえ。』
『さうぢやないさ。』
『さうだよ。
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