、唾でもひつ掛けてやりたいやうな調子が、常に我々の連中から穢い物か何ぞのやうに取扱はれてゐた。或時安井が其奴から、「君は何時でも背廣ばかり着てゐるが、いくら新聞記者でも人を訪問する時にや相當の禮儀が必要ぢや。僕なんか貧乏はしちよるが、洋服は五通り持つとる。」と言はれたと言つて、ひどく憤慨してゐたので、我々もそれにつれて逢坂の惡口を言ひ出した。すると、默つた聞いてゐた高橋はひよいと吸ひさしの卷煙草を遠くの火鉢へ投げ込んで、
『僕は然しさほどにも思はないね。』
 如何にも無雜作な調子で言つた。
『何故?』と劍持は叱るやうに言つた。
『何故つて、君、逢坂にやあれで却々《なか/\》可愛いところがあるよ。』
 安井は少しむきになつて、
『君は彼《あ》あいふ男が好きか?』
『好き、嫌ひは別問題さ。だが、君等のやうに言ふと、第一先あ逢坂と同じ社にゐるのが矛盾になるよ。それほど彼奴が共に齡すべからざる奴ならばだ、……先あ何方にしても僕は可いがね。』
 さう言つて何と思つたか、ごろりと横になつて了つた。
『可くはないさ。聞かう、聞かう。』安井は追つ掛けるやうに言つた。『君が何故あんな奴を好《す》くんか、
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