んだり、阿諛を使はなんだりするのは、そんな事する才能がないからなんぢや。所謂見かけ倒しといふ奴ちやな。そいから第二はぢや。此奴は始末に了へん。一言にして言ふと謀反人ぢやな。何か知ら身分不相應な大望をもつとる。さうして常に形勢を窺うとる。僕の郷里の中學に體操教師があつてな、其奴が體操教師の癖に、後になつて解つたが、校長の椅子を覘つとつたんぢや。嘘のやうぢやが嘘ぢやない。或時其の校長の惡口が土地の新聞に出た、何でも藝妓を孕ましたとか言ふんぢや。すると例の教師が體操の時間に僕等を山に連れて行つて、大きな松の樹の下に圓陣を作らしてなあ、何だか樣子が違ふ哩《わい》と思つとると、平生とはまるで別人のやうな能辯で以つて、慷慨激越な演説をおつ始めたんぢや。君達四年級は――其の時四年級ぢやつた――此の學校の正氣《せいき》の中心ぢやから、現代教育界の腐敗を廓清する爲にストライキをやれえちふんぢや。』
『やつたんか?』
『やつた。さうして一箇月の停學ぢや。體操の教師は免職よ。――其奴がよ、何處か思ひ出して見ると高橋に肖《に》とるんぢや。』
『すると何か、彼の高橋も何か大望を抱いてゐると言ふのか?』
『敢てさうぢやない。敢てさうぢやないが、然し肖とるんぢや。實に肖とるんぢや。高橋がよく煙草の煙をふうと天井に吹いとるな? あれまで肖《に》とるんぢや。』
『其の教師の話《はなし》[#「話」は底本では「語」]は面白いな。然し劍持の分類はまだ足らん。』最初高橋の噂を持ち出した安井といふのが言つた。
『あんな風の男には、まだ一つの種類がある。それはなあ、外ではあんな具合に一癖ありさうに、構へとるが、内へ歸ると細君の前に頭が擧《あが》らん奴よ。しよつちゆう尻に布かれて本人も亦それを喜んでるんさ。愛情が濃かだとか何とか言つてな。彼《あ》あして鹿つべらしい顏をしとる時も、奚《なん》ぞ知らん細君の機嫌を取る工夫をしとるのかも知れんぞ。』
これには皆吹き出して了つた。啻に吹き出したばかりでなく、大望を抱いてゐるといふ劍持の觀察よりも、毎日顏を合はせながら別に高橋に敬意をもつてゐたでもない我々には、却つて安井の此の出鱈目が事實に近い想像の樣にも思はれた。
が、翌日になつて見ると、劍持の話した體操教師の語《はなし》[#「話」は底本では「語」]が不思議にも私の心に刻みつけられたやうに殘つてゐた。それは私自身も、
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