我が最近の興味
石川啄木
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)見《め》つかりました
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四十一|留《ルーブル》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
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ヴオルガ河岸のサラトフといふ處で、汽船アレクサンダア二世號が出帆しようとしてゐた時の事だ。客は恐ろしく込んでゐた。一二等の切符はすつかり賣切れて了つて、三等室にも林檎一つ落とす程の隙が無く、客は皆重なり合ふやうにして坐つた。汽笛の鳴つてからであつたが、船の副長があわたゞしく三等客の中を推し分けて來て、今しがた金を盜まれたと言つて訴へた一人の百姓の傍に立つた。
『ああ旦那、金はもう見《め》つかりましただあよ。』と彼は言つた。
『何處に有つた?』
『其處にゐる軍人の外套《まんと》からだに。私いさうだんべと思つて探したら、慥かにはあ四十一|留《ルーブル》と二十|哥《コペエク》ありましただあ。』言ひながら百姓は、分捕品でゝも有るかのやうに羚羊《かもしか》の皮の財布を振り※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。
『その軍人てのは何《ど》れだ!』
『それ其處に寢てるだあ。』
『よし、それぢあ其奴を警察に渡さなくちやならん。』
『警察に渡すね? 何故警察に渡すだね? 南無阿彌陀佛《なんまあみだぶ》、止して御座らつせえ。此奴に手を付けるでねえだよ。默つて寢かして置きなせえ。』そして、飾り氣の無い、柔しい調子で付け加へた。『慥《たし》かに金ははあ見《め》つかつただもの。皆此處にあるだ。それをはあ此の上何が要るだね?』
さうして此事件は終つた。
右は教授パウル・ミルヨウコフ氏が嘗て市俄高大學の聘に應じて講演し、後同大學から出版された講演草稿『露西亞と其の危機』中、教授自らの屬する國民――露西亞人の性格を論じた條《くだり》に引用した、一外國旅行家の記述の一節である。
明治四十三年五月下旬、私は東京市内の電車の中で、次のやうな事實を目撃した。――雨あがりの日の午前の事である。品川行の一電車が上野廣小路の停留場を過ぎて間もなく、乘合の一人なる婦人――誰の目にも上流社會の人と見えるやうな服裝をした、然しながら其擧止と顏貌とに表はれた表情の決して上品でない、四十位の一婦人が、一枚の乘換切符を車掌に示して、更に次の乘換の切符を請求した。
『これは可けません、これは廣小路の乘換ぢやありませんか?』
『おや、さうですか? 私は江戸川へ行くんですから、須田町で乘換へたつて可《いゝ》ぢやありませんか?」
『須田町から※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つても行けますが、然し此の切符は廣小路の乘換に切つてありますから、此方へ乘ると無効になります。』
『ですけども行先は江戸川に切つて有るでせう?』
『行先は江戸川でも乘換は廣小路です。』
『同じ江戸川へ行くんなら、何處で乘換へたつて可《いゝ》ぢやありませんか?』
『さうは行きません。切符の裏にちやんと書いてあります。』
『それぢやあこれは無効ですか? まあ何て私は馬鹿だらう、田舍者みたいに電車賃を二度取りされてさ!』
『誰も二度取りするたあ言ひやしません。切符は無効にや無効ですけれど、貴方が知らずにお間違ひになつたのですから、切符は別に須田町からにして切つて上げます。』
『いいえ要りません。』貴婦人はさう言つた。犬が尾を踏まれて噛み付く時のやうな調子だつた。『私が間違つたのが惡いのですから、別に買ひます。』
そして帶の間から襤褸錦《つゞれにしき》の紙入を取出し、『まあ、細《こま》かいのが無かつたかしら。』と言ひながら、態とらしく幾枚かの紙幣の折り重ねたのを出して、紙入の中を覗いた。
『そんな事をなさらなくても可いんです。切符は上げると言つてるのですから。』言ひながら車掌は新らしい乘換切符に鋏を入れた。
『いゝえ可う御座んす。私が惡いのですから。』と貴婦人は復言つた。
幾度の推問答の末に、車掌は今切つた乘換切符を口に啣へて、職務に服從する恐ろしい忍耐力を顏に表しながら、貴婦人の爲に新らしく往復切符を切らされた。
そればかりでは濟まなかつた。車掌が無効に歸した先《せん》の乘換切符を其儘持つて行かうとすると、貴婦人は執念くも呼び止めて、
『それは私が貰つて行きます。こんな目に遭つたのは私は始めてゞすから、記念に貰つて行きます。家《うち》の女中共に話して聞かせる時の種にもなりますから。』と言つた。
『不用になつた乘換切符は車掌が頂くのが規則です。』
『車掌さん方の規則は私は知らないけれど、用に立たない物なら一枚位可いぢやありま
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