歌のいろ/\
石川啄木
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)拙《まづ》かつた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)惡い/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−
(一)
○日毎に集つて來る投書の歌を讀んでゐて、ひよいと妙な事を考へさせられることがある。――此處に作者その人に差障りを及ぼさない範圍に於て一二の例を擧げて見るならば、此頃になつて漸く手を着けた十月中到着の分の中に、神田の某君といふ人の半紙二つ折へ横に二十首の歌を書いて、『我目下の境遇』と題を付けたのがあつた。
○讀んでゐて私は不思議に思つた。それは歌の上手な爲ではない。歌は字と共に寧ろ拙《まづ》かつた。又その歌つてある事の特に珍らしい爲でもなかつた。私を不思議に思はせたのは、脱字の多い事である。誤字や假名違ひは何百といふ投書家の中に隨分やる人がある。寧ろ驚く位ある、然し恁※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》に脱字の多いのは滅多にない。要らぬ事とは思ひながら數へてみると、二十首の中に七箇所の脱字があつた。三首に一箇所の割合である。
○歌つてある歌には、母が病氣になつて秋風が吹いて來たといふのがあつた。僻心《ひがみごころ》を起すのは惡い/\と思ひながら何時しか夫《それ》が癖になつたといふのがあつた。十八の歳から生活の苦しみを知つたといふのがあつた。安らかに眠つてゐる母の寢顏を見れば涙が流れるといふのがあつた。弟の無邪氣なのを見て傷んでゐる歌もあつた。金といふものに數々の怨みを言つてゐるのもあつた。終日の仕事の疲れといふことを歌つたのもあつた。
○某君は一體に粗忽《そゝつか》しい人なのだらうか? 小學校にゐた頃から脱字をしたり計數を間違つたり、忘れ物をする癖があつた人なのだらうか? ――恁※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事を問うてみるからが既に勝手な、作者に對して失禮な推量《すゐりやう》で、隨つてその答へも亦勝手な
次へ
全7ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング