《ばうし》をふりて
下《くだ》り来しかな

何処《どこ》やらに沢山《たくさん》の人があらそひて
鬮《くじ》引《ひ》くごとし
われも引きたし

怒《いか》る時
かならずひとつ鉢《はち》を割《わ》り
九百九十九《くひやくくじふく》割りて死なまし

いつも逢《あ》ふ電車の中の小男《こをとこ》の
稜《かど》ある眼《まなこ》
このごろ気になる

鏡屋《かがみや》の前に来て
ふと驚きぬ
見すぼらしげに歩《あゆ》むものかも

何《なに》となく汽車に乗りたく思ひしのみ
汽車を下《お》りしに
ゆくところなし

空家《あきや》に入《い》り
煙草《たばこ》のみたることありき
あはれただ一人|居《い》たきばかりに

何がなしに
さびしくなれば出《で》てあるく男となりて
三月《みつき》にもなれり

やはらかに積れる雪に
熱《ほ》てる頬《ほ》を埋《うづ》むるごとき
恋してみたし

かなしきは
飽《あ》くなき利己《りこ》の一念を
持てあましたる男にありけり

手も足も
室《へや》いっぱいに投げ出《だ》して
やがて静かに起きかへるかな

百年《ももとせ》の長き眠りの覚《さ》めしごと
※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》してまし
思ふことなしに

腕《うで》拱《く》みて
このごろ思ふ
大《おほ》いなる敵《てき》目の前に躍《をど》り出《い》でよと

手が白く
且《か》つ大《だい》なりき
非凡《ひぼん》なる人といはるる男に会ひしに

こころよく
人を讃《ほ》めてみたくなりにけり
利己《りこ》の心に倦《う》めるさびしさ

雨降れば
わが家《いへ》の人|誰《たれ》も誰も沈める顔す
雨|霽《は》れよかし

高きより飛びおりるごとき心もて
この一生を
終るすべなきか

この日頃
ひそかに胸にやどりたる悔《くい》あり
われを笑はしめざり

へつらひを聞けば
腹立《はらだ》つわがこころ
あまりに我を知るがかなしき

知らぬ家《いへ》たたき起して
遁《に》げ来《く》るがおもしろかりし
昔の恋しさ

非凡《ひぼん》なる人のごとくにふるまへる
後《のち》のさびしさは
何《なに》にかたぐへむ

大《おほ》いなる彼の身体《からだ》が
憎《にく》かりき
その前にゆきて物を言ふ時

実務には役に立たざるうた人《びと》と
我を見る人に
金借りにけり

遠くより笛の音《ね》きこゆ
うなだれてある故《ゆゑ》やらむ
なみだ流るる

それもよしこれもよしとてある人の
その気がるさを
欲《ほ》しくなりたり

死ぬことを
持薬《ぢやく》をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば

路傍《みちばた》に犬ながながと※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》しぬ
われも真似《まね》しぬ
うらやましさに

真剣になりて竹もて犬を撃《う》つ
小児《せうに》の顔を
よしと思へり

ダイナモの
重き唸《うな》りのここちよさよ
あはれこのごとく物を言はまし

剽軽《へうきん》の性《さが》なりし友の死顔の
青き疲れが
いまも目にあり

気の変る人に仕《つか》へて
つくづくと
わが世がいやになりにけるかな

龍《りよう》のごとくむなしき空に躍《をど》り出《い》でて
消えゆく煙
見れば飽《あ》かなく

こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後《のち》のこの疲れ

空寝入《そらねいり》生※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《なまあくび》など
なぜするや
思ふこと人にさとらせぬため

箸《はし》止《と》めてふっと思ひぬ
やうやくに
世のならはしに慣れにけるかな

朝はやく
婚期《こんき》を過ぎし妹の
恋文《こひぶみ》めける文《ふみ》を読めりけり

しっとりと
水を吸《す》ひたる海綿《かいめん》の
重さに似たる心地《ここち》おぼゆる

死ね死ねと己《おのれ》を怒《いか》り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ

けものめく顔あり口をあけたてす
とのみ見てゐぬ
人の語るを

親と子と
はなればなれの心もて静かに対《むか》ふ
気まづきや何《な》ぞ

かの船の
かの航海の船客《せんかく》の一人にてありき
死にかねたるは

目の前の菓子皿《くわしざら》などを
かりかりと噛《か》みてみたくなりぬ
もどかしきかな

よく笑ふ若き男の
死にたらば
すこしはこの世さびしくもなれ

何がなしに
息《いき》きれるまで駆《か》け出《だ》してみたくなりたり
草原《くさはら》などを

あたらしき背広など着て
旅をせむ
しかく今年《ことし》も思ひ過ぎたる

ことさらに燈火《ともしび》を消して
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと

浅草の凌雲閣《りよううんかく》のいただきに
腕組みし日の
長き日記《にき》かな

尋常《じんじやう》のおどけならむや
ナイフ持ち死
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