《ゆゑ》やらむ
なみだ流るる
それもよしこれもよしとてある人の
その気がるさを
欲《ほ》しくなりたり
死ぬことを
持薬《ぢやく》をのむがごとくにも我はおもへり
心いためば
路傍《みちばた》に犬ながながと※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》しぬ
われも真似《まね》しぬ
うらやましさに
真剣になりて竹もて犬を撃《う》つ
小児《せうに》の顔を
よしと思へり
ダイナモの
重き唸《うな》りのここちよさよ
あはれこのごとく物を言はまし
剽軽《へうきん》の性《さが》なりし友の死顔の
青き疲れが
いまも目にあり
気の変る人に仕《つか》へて
つくづくと
わが世がいやになりにけるかな
龍《りよう》のごとくむなしき空に躍《をど》り出《い》でて
消えゆく煙
見れば飽《あ》かなく
こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後《のち》のこの疲れ
空寝入《そらねいり》生※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《なまあくび》など
なぜするや
思ふこと人にさとらせぬため
箸《はし》止《と》めてふっと思ひぬ
やうやくに
世のならはしに慣れにけるかな
朝はやく
婚期《こんき》を過ぎし妹の
恋文《こひぶみ》めける文《ふみ》を読めりけり
しっとりと
水を吸《す》ひたる海綿《かいめん》の
重さに似たる心地《ここち》おぼゆる
死ね死ねと己《おのれ》を怒《いか》り
もだしたる
心の底の暗きむなしさ
けものめく顔あり口をあけたてす
とのみ見てゐぬ
人の語るを
親と子と
はなればなれの心もて静かに対《むか》ふ
気まづきや何《な》ぞ
かの船の
かの航海の船客《せんかく》の一人にてありき
死にかねたるは
目の前の菓子皿《くわしざら》などを
かりかりと噛《か》みてみたくなりぬ
もどかしきかな
よく笑ふ若き男の
死にたらば
すこしはこの世さびしくもなれ
何がなしに
息《いき》きれるまで駆《か》け出《だ》してみたくなりたり
草原《くさはら》などを
あたらしき背広など着て
旅をせむ
しかく今年《ことし》も思ひ過ぎたる
ことさらに燈火《ともしび》を消して
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと
浅草の凌雲閣《りよううんかく》のいただきに
腕組みし日の
長き日記《にき》かな
尋常《じんじやう》のおどけならむや
ナイフ持ち死
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