神《はんしん》の人そが中に火や守りけむ

はてもなく砂うちつづく
戈壁《ゴビ》の野に住みたまふ神は
秋の神かも

あめつちに
わが悲しみと月光《げつくわう》と
あまねき秋の夜《よ》となれりけり

うらがなしき
夜《よる》の物の音《ね》洩《も》れ来《く》るを
拾《ひろ》ふがごとくさまよひ行《ゆ》きぬ

旅の子の
ふるさとに来《き》て眠るがに
げに静かにも冬の来《き》しかな

 忘れがたき人人

   一

潮《しほ》かをる北の浜辺《はまべ》の
砂山のかの浜薔薇《はまなす》よ
今年も咲けるや

たのみつる年の若さを数《かぞ》へみて
指を見つめて
旅がいやになりき

三度《みたび》ほど
汽車の窓よりながめたる町の名なども
したしかりけり

函館《はこだて》の床屋《とこや》の弟子《でし》を
おもひ出《い》でぬ
耳|剃《そ》らせるがこころよかりし

わがあとを追ひ来《き》て
知れる人もなき
辺土《へんど》に住みし母と妻かな

船に酔《ゑ》ひてやさしくなれる
いもうとの眼《め》見ゆ
津軽《つがる》の海を思へば

目を閉《と》ぢて
傷心《しやうしん》の句を誦《ず》してゐし
友の手紙のおどけ悲しも

をさなき時
橋の欄干《らんかん》に糞《くそ》塗《ぬ》りし
話も友はかなしみてしき

おそらくは生涯《しやうがい》妻をむかへじと
わらひし友よ
今もめとらず

あはれかの
眼鏡《めがね》の縁《ふち》をさびしげに光らせてゐし
女教師よ

友われに飯《めし》を与へき
その友に背《そむ》きし我の
性《さが》のかなしさ

函館《はこだて》の青柳町《あをやなぎちやう》こそかなしけれ
友の恋歌《こひうた》
矢ぐるまの花

ふるさとの
麦のかをりを懐《なつ》かしむ
女の眉《まゆ》にこころひかれき

あたらしき洋書の紙の
香《か》をかぎて
一途《いちづ》に金《かね》を欲《ほ》しと思ひしが

しらなみの寄せて騒《さわ》げる
函館の大森浜《おほもりはま》に
思ひしことども

朝な朝な
支那《しな》の俗歌《ぞくか》をうたひ出《い》づる
まくら時計を愛《め》でしかなしみ

漂泊《へうはく》の愁《うれ》ひを叙《じよ》して成《な》らざりし
草稿《さうかう》の字の
読みがたさかな

いくたびか死なむとしては
死なざりし
わが来《こ》しかたのをかしく悲し

函館の臥牛《ぐわぎう》の山《やま》の半腹《はんぷく》の
碑《ひ
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