り
目さまして猶《なほ》起《お》き出《い》でぬ児の癖《くせ》は
かなしき癖ぞ
母よ咎《とが》むな
ひと塊《くれ》の土に涎《よだれ》し
泣く母の肖顔《にがほ》つくりぬ
かなしくもあるか
燈影《ほかげ》なき室《しつ》に我あり
父と母
壁のなかより杖《つゑ》つきて出《い》づ
たはむれに母を背負《せお》ひて
そのあまり軽《かろ》きに泣きて
三歩あゆまず
飄然《へうぜん》と家を出《い》でては
飄然と帰りし癖よ
友はわらへど
ふるさとの父の咳《せき》する度《たび》に斯《か》く
咳の出《い》づるや
病《や》めばはかなし
わが泣くを少女等《をとめら》きかば
病犬《やまいぬ》の
月に吠《ほ》ゆるに似たりといふらむ
何処《いづく》やらむかすかに虫のなくごとき
こころ細《ぼそ》さを
今日《けふ》もおぼゆる
いと暗き
穴《あな》に心を吸《す》はれゆくごとく思ひて
つかれて眠る
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂《しと》げて死なむと思ふ
こみ合《あ》へる電車の隅《すみ》に
ちぢこまる
ゆふべゆふべの我のいとしさ
浅草《あさくさ》の夜《よ》のにぎはひに
まぎれ入《い》り
まぎれ出《い》で来《き》しさびしき心
愛犬《あいけん》の耳|斬《き》りてみぬ
あはれこれも
物に倦《う》みたる心にかあらむ
鏡《かがみ》とり
能《あた》ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
泣き飽《あ》きし時
なみだなみだ
不思議なるかな
それをもて洗《あら》へば心|戯《おど》けたくなれり
呆《あき》れたる母の言葉に
気がつけば
茶碗《ちやわん》を箸《はし》もて敲《たた》きてありき
草に臥《ね》て
おもふことなし
わが額《ぬか》に糞《ふん》して鳥は空に遊べり
わが髭《ひげ》の
下向く癖《くせ》がいきどほろし
このごろ憎《にく》き男に似たれば
森の奥より銃声《じうせい》聞ゆ
あはれあはれ
自《みづか》ら死ぬる音のよろしさ
大木《たいぼく》の幹《みき》に耳あて
小半日《こはんにち》
堅《かた》き皮をばむしりてありき
「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止《よ》せ止せ問答
まれにある
この平《たひら》なる心には
時計の鳴るもおもしろく聴《き》く
ふと深き怖れを覚え
ぢっとして
やがて静かに臍《ほそ》をまさぐる
高山《たかやま》のいただきに登り
なにがなしに帽子
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