合もある。それが此處へ來ると、寢臺の上に起き上らうとする予を手を以て制しながら、眞面目な顏をして「寢てゐ給へ/\。」と言ふ。予はさういふ來訪者に對しては、わざと元氣な聲を出して「病氣の福音」を説いてやることにしてゐる。――かうした一種のシニツクな心持は予自身に於ても決して餘り珍重してゐないに拘らず何時かしら殆ど予の第二の天性の如くなつて來てゐるのである。
 などと御託《ごたく》をならべたものの、予は遂に矢つぱり病人に違ひない。これだけ書いてもう額が少し汗ばんで來た。

     三

 郁雨君足下
 人間の悲しい横着……證據により、理窟によつて、その事のあり得るを知り、乃至はあるを認めながら、猶且つそれを苦痛その他の感じとして直接に經驗しないうちは、それを切實に信じ得ない、寧ろ信じようとしない人間の悲しい横着……に就いて、予は入院以來幾囘となく考へを費してみた。さうして自分自身に對して恥ぢた。
 例へば、腹の異常に膨れた事、その腹の爲に内臟が晝となく夜となく壓迫を受けて、殆んど毎晩恐ろしい夢を見續けた事、寢汗の出た事、三時間も續けて仕事をするか話をすれば、つひぞ覺えたことの無い深い疲勞
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