枕邊に懸けてある温度表を見ても、赤鉛筆や青鉛筆の線と星とが大抵赤線の下に少しづゝの曲折を示してゐるに過ぎない。
 郁雨君足下。君も若し萬一不幸にして予と共に病院を休息所とするの、かなしき願望を起さねばならぬことが今後にあるとするならば、その時はよろしく予と共にあまり重くない慢性腹膜炎を病むことにすべしである。これほど暢氣な、さうして比較的長い間休息することの出來る病氣は恐らく外にないだらうと思ふ。
 若し強いて予の現在の生活から動かすべからざる病人の證據を擧げるならば、それは予が他の多くの病人と同じやうに病院の寢臺の上にゐるといふことである。さうして一定の時間に藥をのまねばならぬといふことである。それから來る人も/\予に對して病人扱ひをするといふことである。日に二人か三人は缺かさずにやつて來る彼等は、決してそのすべてがお互ひに知つた同志ではないのに何れも何れも相談したやうに餘り長居をしない。さうして歸つて行く時は、恰度何かの合言葉ででもあるかのやうに色々の特有の聲を以て「お大事に」と云つて行く。彼等の中には、平生予が朝寢をしてゐる所へズン/\押込んで來て「もう起き給へ/\。」と言つた手
前へ 次へ
全17ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング