ふものに入つて見たいと眞面目に思つたことがあつた。蓋し病氣にでもなる外には、予は予の忙がしい生活の壓迫から一日の休息をも見出すことが出來なかつたのである。予は予のかういふ弱い心を殊更に人に告げたいとは思はない。
 しかし兎も角も予のその悲しい願望が、遂に達せられる時機が來たのである。既に知らした如く、予は今月の四日を以てこの大學病院の客となつた。何年の間殆ど寧日なき戰ひを續けて來て、何時となく痩せ且つ疲れた予の身體と心とは、今安らかに眞白な寢臺の上に載つてゐる。
 休息――しかし困つた事には、予の長く忙がしさに慣れて來た心は、何時の間にか心ゆくばかり休息といふことを味ふに適しないものになつてゐた。何かしなくては一日の生命を保ちがたい男の境遇よりもまだみじめである。予は予のみじめなる心を自ら慰める意味を以て……そのみじめなる心には、餘りに長過ぎる予の時間を潰す一つの方法としてこの手紙を書き出して見たのである。

     二

 郁雨君足下、
 予は今病人である。しかしながら何うも病人らしくない病人である。予の現在の状態を仔細に考へて見るに、成程腹は膨れてゐる。膨れてはゐるけれども痛くは
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