ツけて、あたりを見廻すと、それは娘さんのせいだとわかった。娘さんはそっと室から滑り出た。少年は救いを求めるように Alcott 女史の方を見た。女史は脣に指を押しあてて、じっとこちらを見つめていた。黙っていよという合図なのだ。少年はすっかり弱らされた。
 暫くすると、老文豪は静かに窓際を離れた。そして前を通るとき、ちょっと少年に会釈をして自分の椅子に腰を下した。二つの悲しそうな眼は、おのずと前にいる少年の顔に注がれた。さきがたからつき穂がなくて困りきっていたこの小さな客人は、もう黙っていられなくなったように思った。
 少年はここの主人の親友 Carlyle のことを語り出した。そしてこの人の手紙があったら、一通いただけないかと言った。
 Carlyle の名を聞くと、主人は不思議そうに眼をあげた。そしてゆっくりした調子で、
「Carlyle かね。そう、あの男は今朝ここにいましたよ。あすの朝もまたやって来るでしょう。」
と、まるで子供のように他愛もなく言っていたが、急に言葉を改めて、
「何でしたかね、君の御用というのは――」
 少年は自分の願いを繰返した。
「そうか。それじゃ捜してあげ
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