ノ入れるようなものですから。」
 少年は熱心に自分の渇仰を訴えた。その純真さは相手を動かさないではおかなかった。
「じゃ、暫く待ってて下さい。私訊いてみますから。」
 娘さんは奥へ入った。Alcott 女史も後について往った。暫くすると、女史はそっと帰って来た。見ると、眼は涙に濡れていた。
「お上り。」
 女史の言葉は短かかった。少年はその後について、室を二つ通りぬけた。三つ目の室の入口に、先刻の娘さんが立っていたが、眼は同じように潤んでいた。
「お父さま――」彼女は一言いった。見ると、机によりかかって Emerson がいた。娘の言葉に、彼は驚くばかり落着き払った態度で、やおら立上ってその手を伸した。そして少年の手を受取ると、俯《うつ》むき加減につくづくとこの珍らしい来客に見入った。それは悲しい柔和な眼つきだったが、好意といっては少しも感じられなかった。
 彼は少年を机に近い椅子に坐らせた。そして自分は腰を下そうともしないで、窓際近く歩いて往って、そこに衝立ったまま口笛を吹いていた。少年は腑に落ちなさそうに、老文豪のこうした素振に見とれていたが、ふと微かな啜泣《すすりな》きの声を聞き
前へ 次へ
全242ページ中96ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング