た容堂は、
「対山は酒の吟味がいこう厳しいと聞いたが、これは乃公の飲料《のみしろ》じゃ。一つ試みてくれ。」
といって、被布姿で前にかしこまっている画家に盃を勧めた。
対山は口もとに微笑を浮べたばかしで、盃を取り上げようともしなかった。
「殿に御愛用がおありになりますように、手前にも用い馴れたものがござりますので、その外のものは……」
「ほう、飲まぬと申すか。さてさて量見の狭い酒客じゃて。」容堂の言葉には、客の高慢な言い草を癪にさえるというよりも、それをおもしろがるような気味が見えた。「そう聞いてみると尚更のことじゃ。一献掬まさずにはおかぬぞ。」
対山は無理強いに大きな盃を手に取らせられた。彼は嘗めるようにちょっと唇を浸して、酒を吟味するらしかったが、そのまま一息にぐっと大盃を飲み干してしまった。
「確かに剣菱といただきました。殿のお好みが、手前と同じように剣菱であろうとは全く思いがけないことで……」
彼は酒の見極めがつくと、初めて安心したように盃の数を重ね出した。
3
あるとき、朝早く対山を訪ねて来た人があった。その人は道の通りがかりにふとこの南宗画家の家を見つ
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