してみると、擁剣蟹がどんなに嫌がったところで、青白い顔をした満月は、月に一度はきっと海の上を見舞うにきまっているので、明るみを好まないこの蟹は、そんな夜になると、静かな波の響にも、青ざめた光の不気味さに怯えつつ、海底の土にでもこっそり潜っている外はなかった。
やがて闇の夜が来ると、擁剣蟹は急に元気づいて活躍を始める。そして波底の暗がりにまぎれて、大勢の仲間を誘い合せ、海から海へとはてしもない大袈裟な旅を続けることがよくある。夜の海に網を下す漁師たちが、思いがけないあたりでこの蟹を引き揚げて、その遠出に驚くのも、こんな時のことだ。
3
潮の退いた干潟を歩いていると、底土の巣から這い出したままの潮招蟹《しおまねぎ》が、甲羅に泥をこびりつけて、忙しそうに食物をあさっているのがよくある。蟹は時々立ち停って、片っ方のずば抜けて大きな大鋏《おおばさみ》を、しかつめらしく上げ下しをしている。自分の身体の全体よりもずっと重そうな大きな脚だ。
それを見ると、蟹は自分の周囲に、何かしら自分に好意をもたないもののあるのを感じて、それに対って威嚇と侮蔑とを試みているようだ。その相手が海賊の
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