「それはすまなかった。お前に逢ったら、一度訊いてみたいと思うことがあるもんだから。」
どこに口があるとも分らなかったが、白い石はしっかりした声で言いました。
「何か。お前が訊きたいというのは。」
「ほかでもない。わしは随分ながくここに住んでいるが、よくお前が驢馬に乗って、そこらを駆けて往くのを見ることがある。おそろしい速さだね。」
「速いはずだ。一日五万里を往くのだから。」
仙人は得意そうに驢馬を見かえりました。馬は主人の顔を見て、にやりと笑いました。
「五万里。それは驚いた。」石はびっくりして少し肩を動かしたようでした。「そんなに速力《あし》の出る馬をどこから手に入れることが出来たのだ。」
張果老は仙人らしい白いあご髯を、細い樹の枝のような指でしごきました。
「どこからでもない。わしが自分の法力でこしらえたのだ。わしはそういう馬が是非一頭ほしく思ったから。」
「なぜまたそんな途方もない馬をほしがったのだ。」
長年同じところにじっとしている石は、仙人のそんな気持が腑に落ちないらしく訊きました。
「わしは幸福の棲む土地をたずねて、方々捜し歩きたかったからだ。」仙人は昨日見た夢を
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