したい。それには糸瓜でも眺めて、そののんびりした気持を娯んだらよかろうと思って、今年の夏は裏の空地へ糸瓜の種を蒔いてみました。ところが……」
「どうでした。出来ばえは。」
「お話になりません。生《な》る糸瓜も、生る糸瓜も、小指のように細い、おまけに寸の伸びない、まるで胡瓜のような奴ばかりなんです。毎日糸瓜でも見て、その暢気そうな気持を味いたいと楽しんでいただけに、栄養不良の瘠っぴいを見ると、どうも気が気でなく、毎日いらいらさせられるばかりなので、何事も予期通りにはゆかないものだと思いました。」
「どうしたわけでしょう。土でも合わなかったかな。」
「土が合わない。あんな暢気な奴でも、そんな選り好みをしますか。」
 M氏は不思議そうにいった。
「するでしょうな。それからまた糸瓜を長めに作ろうとするには、根を深く耕さなければならぬといいますが、ほんとうのことのようですね。」
「根を深く。なるほどそんなものかも知れませんな。ところで、お宅のあの糸瓜ですが……」M氏は椅子から少し腰を浮けて、窓外を覗き込むようにした。「あれは随分長いようじゃありませんか。どれほど寸がありましょうな。」
「さあ、ど
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