ト、わざわざその道の人について、馬から落ちる法を稽古したものだ。それを思うと、私が驢馬のことにつけて、すぐに落馬の場合を思いついたのに、少しも間違がないことが解るだろう。

     2

 支那の明代の末に、徐枋という気品の高い画家があった。節義のために死んだ父の遺言を守って、一代に肩を比べるもののないほどの学才を持ちながら、役にもつかないで、一生を門を閉じて暮した人だったが、この人が飼っていた驢馬は、大変もの分りがよく、
「あの馬は、すっかり人間のいうことが分るようだ。」
という評判をとったほどのものだった。
 寡慾で、貧乏だった徐枋は、家に食うものといっては何一つなくて、ひもじい目をすることがよくあった。そんな折にはこの画家は、即興の画なり書なりをしたため、それを籠に入れて、しっかりと驢馬の背に結びつけたものだ。すると、この評判の怜悧ものは、門を出るなり、側目もふらないで、一散に程近い町の方へ走って往った。そして巧みにひとごみのなかを分けながら、市場の前まで歩いて来て、ぴたりとそこへ立ちとまった。
「ほら、徐先生のお使が来た。きっとまたお急ぎの御用だぞ。」
 それを見つけた町の人
前へ 次へ
全242ページ中194ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング