ゥえなくなってしまうと、倪雲林の怒りは噴水のように迸り出した。
「お母さま。あなたに治っていただきたさの一念から、私は出来ぬことを辛抱しました。もしか私が病気だったら、死んでもあんな医者は迎えませんよ。」
倪雲林は、その後五、六日というものは、毎日のように馬を洗い洗いしたということだ。お蔭で泥にまみれた馬の毛は雪のように白くはなったが、一旦傷つけられた主人の潔癖は、長く歪められたままで残っていた。
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鶏
むかし、福井藩に高橋記内という鍔《つば》作りの名人があった。藩主をはじめ、家中のものたちは、その手で作られた鍔を、自分の腰のものにつけていることを誇として、ひどくそれを欲しがっていた。しかし、名人気質の記内は注文があったからといって、おいそれとすぐには仕事にとりかかろうとはしないで、毎日酒ばかり飲んでいた。記内は大の酒好きだった。
あるとき、殿様からのいいつけで、お側近く仕えている小役人の一人が記内を訪ねて来て、鶏の鍔を注文した。記内は早速承知して殿様お手飼の鶏の拝借方を申し出た。この鍔師が細工はすべて写生をもととして、物の形なり、動作なりを生きているよう
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