ト、物ふりて佗し。それ故に古歌をもつて
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あふことはまばらに編める伊予すだれいよいよ我をわびさするかな
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 我が愚かなる眺めにも、これを思ふに忽然としてわびしき姿なり。また寂寞たり。まことなるかな、青苔日々にあつくとあるも然り。年月をふるといへども、こと訪ふ人もなく、安閑の境界は却つて楽を招き、富貴を願はず、我が惑はぬ年をこそ、秋の夜の長きに老の寝覚のつれづれに思ひ出してしるし侍る。」
といっている。これで見ると、孤蓬庵父子はこの小壺に対すると、その形を見ただけで、もう「わび」の心持に入ることが出来たものと思われる。
 私が梅の実の熟《つ》えて落ちる音を好むのもつまりそれで、その音を聞くと、忽然として閑寂のふところに佗びの心持を味うことが出来るからである。私が梅の樹に取り囲まれた郷里の茅屋に、いまだに断ちがたい愛着を感じているのもそれ。一本の梅の木もない今の借家に絶えず物足りなさを抱かせられているのもそれ。また軒端の梅は実を採るものでなく、音を娯むものとしているのもそれゆえである。
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   菱

     1

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